大阪市天王寺駅、阿倍野橋駅の司法書士 榊原秀剛司法書士/社会福祉士事務所 > ブログ > 棄老社会

棄老社会


いつからお年寄りがこんなに住みにくくなったのだろう?私の祖父母の世代では、まだ、お年寄りが世の中で、よって立つ場があったように思われるのだが・・・

私が子供の頃は、町でお年寄りを見かけることはさほど多くはなかった。地下鉄やバスなどに乗っていても、お年寄りが乗ってくることは稀で、子供であっても安心して座っていられたものだ。ところが今はどうだろう。ためしに昼間、大阪市営のバスに乗ってみるがいい。半数を超え7割がたお年寄りで、シルバーシート以外の席でも、座ろうものなら即座にお年寄りの冷たい視線にさらされてしまうから。
経済法則と同じにはできないのだろうが、数が増えると価値が下がるのか。統計によると1950年に全国で確認できた100歳を超える高齢者は100人、それが2005年には、2万人を突破している。少し前までは、100歳の記念に現金を渡していた自治体が全国で見られたが、今は、廉価な記念品が大半になっている。
長寿は、その字が示すとおり、本来喜ぶべきものなのだろうが、素直に喜べない事象が多く横たわる。まず、高齢化にともなうさまざまなお年寄り特有の疾病。がん、脳血管障害などは言うに及ばず、アルツハイマー等の認知症も存在する。有吉佐和子が「恍惚の人」を世に問うたのが1972年、認知症老人を扱ったこの小説は、しかしながら当時ではまだ、物珍しさの中でとらえられたものだ。しかしながら、認知症患者が、2006年ですでに263万人を超えたとする統計もあり、65歳以上の約7パーセントが発症している非常によく見られる疾病となっている。
お年寄りにとって酷な状況はまだ続く。アルビン・トフラーが「第三の波」を著したのが1980年、世界はそして日本は、あれよあれよと彼の予測に大部分沿う形で、情報化社会、技術革新へと急加速して行き、バブル崩壊後のいわゆる小泉改革による規制緩和が進んだ結果、ますますお年寄りには住みにくい状況が出現している。産業革命を経た大量生産・大量消費の産業社会の中では、年長者がその年輪で築き上げてきた知識と経験は、若い者がたやすく真似できないまさしく尊敬と称賛に値するものであった。しかしながら、急流のように加速する技術革新の現代では、昨日の技術はもう、陳腐なもの、役立たないものとされ、今日の新技術についてゆけないものは切り捨てられる。小泉改革の先祖返りしたような原理主義的資本主義・市場主義が、国際的な競争に勝つことだけを念頭に置くため、技術革新の波に押し流される高齢者を、そのプライドとともに押し流してゆく。お年寄りは非生産的な無用の長物として遺棄される。
一連の波は、労働者の雇用形態にも影響を及ぼしている。パートなどの非正規雇用が、働く人の実に3分の1を占め、正社員でも終身雇用形態はもはや崩壊し、能力給が主流となった。私は20歳代の時は正社員としてサラリーマンをしていたが、もちろん終身雇用で、定年間際の「部長」という人たちが、新聞を読んで鼻糞を丸めながら、高給をもらっていたのを覚えている。鼻糞をまるめようと、ひがな、居眠りしようが、この会社にしがみついていればあんな気楽な境遇にたどりつけるのだと若い者も変に納得して、会社にそれなりの安定感があったものである。今でも、当時ではすでにお年寄りの領域に近づいていた彼ら部長の幸せそうな顔が目に浮かぶ。もっとも、私の勤めていたその生命保険会社は、金融自由化の荒波を乗り越えられず、今では影も形もないのだが・・・
お年寄りの数が増えても、若い世代がたくさんいればまだ、老人も住みやすい。しかしながら男女とも初婚年齢はどんどん高まり、今では結婚しないという選択も普通のものになってきた。それに伴い、世界に類を見ない少子化。路地で遊ぶ子供の姿など全く過去のものになってしまった。
こうして訪れた少子高齢化は、若い者と老いた者との世代間対立を招く。年金財源がいい例で、子育て世代に、お年寄りにまで回すお金などない。社会保障費の高騰は、若い世代に、お年寄りが自らの権利を侵害する存在なのだという認識を次第、次第に植えつけてゆく。
連綿と受け継がれてきた年長者に対する儒教的道徳観の崩壊も、お年寄りの現状を苦しくしている。いい面も悪い面もあったものの戦前の日本には「家制度」が存在し、お年寄りは「家」の中で座る場所があった。介護が必要になると、「家」がその機能を果たした。嫁いびるできるお年寄りは元気だった。
ところが、高度経済成長期を経て、核家族が常態になった。この核家族の担い手が、産業界に大量の労働力を供給した、地方から都会に出てきた二男三男坊の巨大な塊、団塊の世代であった。日本で初めてジーンズをはいた世代である彼らは、おおせいな行動力で、旧来日本の制度文化そしてモラルをぶち壊し、全く異質のものに変えていった。もっとも、その創造性で高度成長を引っ張ってきたというプラスの面も持ち合わせてきたことは否定できないが。
かくして、お年寄りは、地方に取り残された。
もはや、核家族となってしまった現代の家庭に、介護機能は残されていない。独居する老親のためにその息子である「夫」が少しでも優しさを示そうものなら、団塊世代の子供たちであるその「妻」は、夫をなじり、好き勝手に生きてきたモラル破壊者の典型例のようなその団塊世代の「妻」の親は、いっしょになって夫を責め立て、ついに家庭が崩壊してゆく。笑い話のようだが実際にあったケースである。かくて、巷には、単身世帯があふれかえり上野千鶴子氏の「おひとりさまの老後」がベストセラーになったりする。

もう、四,五年前の話になるが、行き届いたお世話で、折角、元気になってきたのに、グループホームへ支払うお金が続かず退所を余儀なくされたおばあさんがいた。身寄りなく私が後見人をしていた。事情を知った嘱託医が、最後の診察の時、
「あのなあ、歳とって金なかったら根性出すしかないんやで!」
と吐き捨てるように言った。驚いた私が、彼の顔を覗き込むと、その眼がとても悲しそうだったことを覚えている。

少子高齢化、核家族化の進行はお年寄りが住みにくい社会を作ってきた。この流れは今後も変わらないだろう。
家族に、お年寄りのお世話を期待することは今後ますます難しくなってくるだろう。夫婦二人に四人のお年寄りのお世話を期待することは不可能である。それは経済的にも介護の点においても同様である。
ここにおいてどうしても社会的にお年寄りをお世話するシステムが必要になってくるわけであるが、昨今の年金問題一つをとっても、まったくお寒いものである。介護保険もアップアップ、後期高齢者医療制度に至っては、経済的に追い詰めて、できるだけ医者にかかれないようにしてさっさと厄介払いしたいというエリート官僚の思惑が垣間見えてくる。
あと15年、20年後、金も根性もない年寄りになっているだろう私は、いったいどうすればいいのか、暗澹たる気持ちに悩まされる昨今である。



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