大阪市天王寺駅、阿倍野橋駅の司法書士 榊原秀剛司法書士/社会福祉士事務所 > ブログ > 放浪記

放浪記


先日、大阪フェスティバルホールで森光子主演の「放浪記」を観ました。作家・林芙美子が尾道から上京し、どん底の生活の中で恋をしては棄てられながらも、夢を追い続けてやがては世に認められるあまりにも有名なお話しです。1920年生まれの森光子が、「でんぐり返し」をするシーンでも話題になっていましたが、大阪の舞台では、さすがにもうこのシーンはなく、代わりに出演者が万歳を繰り返すという演出に変わっていました。実際に観に行った者としましては、まあ、ご高齢なのだからこの方が安全だよね、という気持ちと共に何か拍子抜けした感じがしたのも事実です。しかしながら、観るものを引き込まずにはおかないすばらしいお芝居でした。
ところでこの放浪記が改造社から単行本として刊行されたのは1930(昭和5)年7月のことでした。大恐慌時代の引き金となったニューヨーク証券取引所での株価大暴落が、1929年(昭和4)年10月24日のことですから、放浪記に描かれた第一次世界大戦後の時代の雰囲気もわかります。
ちなみに昨今はといえば、サブプライム問題に端を発して、世界中の証券取引所で株価が大暴落・乱高下、アメリカをはじめ各国の金融機関が危機に瀕し、日本でも実体経済までもおかしくなって貸し渋り、貸しはがし、中小企業の倒産は増え、ワーキングプワー、非正規雇用の方々は職を失うなどなど、毎日毎日、新聞はまさしく「経済危機」を報じています。
私は、この舞台に魅せられて入り込み、体感として感ずるほどに、その中で描かれた「貧しさ」が、過去の出来事ではなく、この平成の世に奇妙に符合して、まさしく今また目の前に現れてきたような不思議な感覚にとらわれてしまい、舞台が終わった後もしばらくもの悲しさに沈んでいました。
あの時代、経済の失敗も大きな要素となって、世界は戦いへと突き進み、20世紀は終わってみれば「戦争の世紀」となっていました。人類は、さほど馬鹿ではないと楽天的な人は言いますが、同じことを繰り返す馬鹿でもあったのはいくつもの歴史が教えています。強欲、貪欲にとらわれ、他人、他国を省みない昨今の風潮を見るとき、またぞろ、変な時代が来ないよう祈りたい気持ちでいっぱいになります。



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