大阪市天王寺駅、阿倍野橋駅の司法書士 榊原秀剛司法書士/社会福祉士事務所 > ブログ > いかんともしがたい時の流れの中で

いかんともしがたい時の流れの中で


俳優の藤田まことさんがお亡くなりになりました。昨年11月に逝かれた森繁久弥さんに続いて、私の世代にとっては、子供の頃から、ずっとテレビ等で慣れ親しんできた身近な役者さんでしただけに、本当に寂しいものがあります。

森繁久弥さんは、私がまだ、高校生の頃、冬の寒い晩に、自宅の風呂場にラジオを持ち込んで湯船に浸かりながら聴いた「日曜名作座」の心に沁み渡るような名調子がまざまざと蘇ってきますし、藤田まことさんは、病弱だった父が入院していた国立大阪病院の面会時間が終わる頃に、決まってオープニングの白木みのるさんとの掛け合いが始まっていた「てなもんや三度笠」や、馴染めない高校生活でいじめに苦しんでいた頃、「必殺仕事人」の中村主水の裏稼業に溜飲を下げていたことや、今の仕事を始めた頃、金融危機で受注もなく、明日を悩んでいた時に、安浦刑事の不器用な暖かさに慰められていた「はぐれ刑事純情派」などなど、あの頃の自分に重ね合わせて、感慨深さもひとしおです。
森繁久弥さんにしろ、藤田まことさんにしろ、私の父や母の世代ですから、人生の先達たる方々の他界は、本当に胸に迫ります。いかんともしがたい時間の流れを思ってしまいます。

私は、20代の頃、営業をしていた時に、十二指腸潰瘍を患い、それ以来、無理をすると決まって胃に軽い痛みを感じ、いわゆる持病のようになってしまいましたが、それ以外は、至って丈夫で、40代後半にして剣岳に登った時も、さほど息切れすることもなく、自分では体には自信を持っておりました。ところが、昨年の11月、母の日用品を近所のスーパーでどっさりと買いこみ、両手で下げるにはあまりに重いので、肩に載せて担いで帰ってきて、2、3日後、右手と頸に異常な痛みを感じるようになってしまいました。右腕は、上下碗の筋肉を動かすたびにペンチでつままれているような激痛がおこり、頸のつけ根あたりは熱を帯び、歩くだけの振動でも切ない痛みで立ち止まってしまいます。右が利き腕ですので、文字を書くこともままならず、パソコンのキーをたたくことさえも痛くてできません。
整形外科医の診断結果は、頸椎症、頸椎椎間板ヘルニアということでした。レントゲン、MRI画像でも、頸の骨の湾曲は明らかで、10年も20年もかけて悪くしてきたところに、重いものを肩に担いだことが端緒になって症状が現れたということでした。
ショックなのは、医師が言うには、もう、一生、治らないから、今後はうまく付き合うしかない、登山などもっての他と言われたことでした。

幸いにして、その後、いい整体師を知人から紹介してもらって、痛みも痺れも軽減され、パソコンを操作することも可能になっていますが、相変わらず、骨は曲がったままです。
いかんともしがたい時の流れの中で、自分では気付かないうちに、少しずつ少しずつ骨は曲がり続けていたのです。
1月には、同じ司法書士会の支部でお世話になった、岩邦繁先生が60歳の若さで、お亡くなりになっています。昨年の秋に支部旅行をご一緒させていただいた時にはお元気で、まさか、半年も経たないうちに逝ってしまわれるなんて夢にも思われないことでした。
日々、速度を増すように思われる時間の中で、残された10年なり20年なりが、私の生きざまを問われる期間であるような気がしてなりません。



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