大阪市天王寺駅、阿倍野橋駅の司法書士 榊原秀剛司法書士/社会福祉士事務所 > ブログ > 2010年5月6日(木)

2010年5月6日(木)


ゴールデンウイークに、少し映画でもまとめて見てやろうと、DVDを4枚ばかり借りてきました。その中に、私が東京から帰ってきて間もないころ、確か梅田のOS劇場あたりで上映されていた「ゴースト~ニューヨークの幻」がありました。見よう、見ようと思いながら機会に恵まれず、ついに20年も経ってしまった作品です。

舞台は1990年頃のニューヨーク、主人公サムを演じたパトリック・スウェイジさんが、昨年2009年に膵臓癌で57歳の若さで亡くなってしまい、実際にも「ゴースト」になってしまったなどという笑えない現実に、時の流れを感じます。一方、恋人モリー役のデミ・ムーアさんの妖精のような可憐さは永遠に瞼に残るものでした。
銀行に勤めるサムのオフィスに置かれていたのは、分厚いブラウン管のデスクトップのパソコン、そして、サムへのビジネス客として彼がとても神経を使う相手が、なんと、日本人の「コバヤシ」。その日本人の「コバヤシ」が予定よりも早く来社したために、友人で同僚のカールに、自分のパスワードを教えて代わりに口座への振り込みを依頼したことが結果的にサムの命を奪うことになってゆくのですが、私が驚いたのは、銀行員のサムがとても気を使った相手が日本人だったことです。
そのころの日本は、バブル経済真っ盛り、金余りで1989年、三菱地所が約2000億円でロックフェラー・センターなどアメリカの象徴的なビルを次々と購入していた頃ですから、当時としては何の違和感もないお話しなのでしょうが、今となってはちょっとした驚きです。おりしも先月、鳩山首相が訪米した際には、正式な会談は実現せず、夕食会で隣に座らせてもらって非公式に10分程度、しゃべらせてもらっただけだったとか、今年中には、GDPが中国に追い抜かれるとか、経済的な没落を物語る話題に事欠かない昨今になってしまいました。

バブル経済は、この映画が作られた1990年の秋には崩壊し、その後、日本経済は、失われた10年、そしてさらに今に続く低成長、長期的低落へとつながってゆくわけです。ずぶずぶと底なし沼のように少しずつ落ちてゆくのが嫌で、1票の重さに期待を込めて政権を変えてみたら、今度はさらに落ちてゆく速度が増えただけだったという政治のお粗末さも我々は思い知らされてしまっています。小学生に、「大きくなったら何になりたい」と質問したら「正社員」という答えが返ってきたという笑えないお話が週刊誌に載っていましたが、社会に漂うこの閉塞感と下降感はいかんともしがたいものなのでしょうか?
明治新政府によって富国強兵が叫ばれ、この国を維持するために「坂の上の雲」を追いかけて頑張ってきて、その後、不幸な戦争の時代を経て、焦土の中からまた、生き残るために私の父親の世代は必死に頑張って高度成長を実現し、経済大国日本を築きあげてきました。明治以降、日本は軍事力か経済力かに常に力点を置いてきたように思います。特に戦後は、幸せの源泉は、経済力にあると信じて頑張ってきたように思われます。私が小学生の頃、今日よりも明日はもっと豊かになると信じ、家庭の中にも新しい電化製品が増え、大人たちはやれクリスマスだ、正月だと決まって騒いでいたように思います。しかしながら、経済力という視点だけで判断するのなら、日本が再び高度成長することは至難の技で、中国やインドに勝つことは大変なことでしょう。経済力だけに力点をおいて考えるのなら、この少子超高齢社会のなかで、これからの日本はさらに長期的な没落となるのかもしれません。人々の停滞感、閉塞感も解消されることはないでしょう。

高度成長期に日本を支え、いろいろな事情から子どもがいようといまいと一人で頑張ってこられ、今、ターミナルを迎えられたお年寄りの看取りを数多くしてきました私としましては、経済指標がいかに世界に冠たるものであっても、私しかお骨揚げをする人がいないたくさんのお見送りをしながら、そんなものは人間の幸せにとって、ゆめまぼろしにすぎないといつも思ってしまうのです。



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