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家族・地域社会の再生


1. グローバリゼーションが地域経済に及ぼしたもの
世界史的に捉えると「グローバリゼーション」は、古く大航海時代に遡るそうであるが、今、頻繁に使われている「グローバリゼーション」は第二次世界大戦終結後に、アメリカ合衆国を筆頭に冷戦の西側諸国で多国籍企業が急成長し、現代に言う「グローバリゼーション」が始まったとされている。東西冷戦が終結すると、自由貿易圏が拡大し、工業製品はもとより、農業といった国民の命を守る産業さえもが世界規模での競争に駆り出され、世界の巨人たる多国籍企業が世界的規模で富を貪り、それに伴う国内産業の衰退と失業者や非正規雇用を世界的に生み出したという事態を招いた。
グローバリゼーションの負の側面である。
国際競争力の強化が、グローバル競争時代の市場にとって死活的課題であり、そのために生産性向上が不可欠となる。ところが、グローバル化の波に乗りおくれ、「市場の合理的選択」から取り残された地方では経済の衰退がもたらされた。
つまり、いわゆる新自由主義の浸透→国際競争の激化→雇用の不安定化→企業の海外移転→地域経済の衰退という悪循環を招いたのだ。  

2. 家族・地域社会の機能低下
昨今、新聞紙上を賑わしているように、家族の崩壊を表すような事件が後を絶たない。お年寄りは町の片隅に置き去りにされ、亡くなって白骨になってもリックサックに押し込まれ、年端もいかない子どもは育児放棄で餓死させられ、殺意をもって親の居る住居に火をつける子どもなど、家族のきずなが見えにくい社会になってしまっている。一方、地域で助け合わなければ生活できなかった農耕社会と違って、隣が何をしている人かを気にも留めずに暮らすことのできる地域社会となって既に久しい。
平成22年7月17日から18日にかけて行われた読売新聞の全国世論調査(全国の3000人の有権者を対象に面接方式。回収率60%)によると、「家族の絆やまとまりが弱くなってきている」と思っている人は81%、「地域住民の支え合いが弱くなってきている」と思う人は78%、「この先、一人暮らしになり、面倒をみてくれる人がいなくなる不安を感じている」人は52%、うち70歳以上では59%、20歳代でも38%に上っている。   
日本の自殺者数は1998年以来、ずっと3万人を超えている。この数と、家族のなかにも地域のなかにも居場所のない砂粒化した個人の状態とは決して無関係ではあるまい。

3. 家族や地域社会の再生は可能か?
戦後、高度成長を経て、核家族が普通の形態になってきた。敗戦と同時にアメリカからもたらされた個人主義は、単なるエゴとエゴがぶつかり合うだけの社会と化した。家庭においても、例えば、昭和30年代から40年代前半までは、テレビは一家に一台でテレビを前にしての一家団欒があった。家族のチャンネル争いなども懐かしい。ところが、今や、テレビは各家族が一人で見るもの、夕食でさえ、一人でポツンと食べる光景がよく見られる。誰にもわずらわされることのない「個人」の気楽さを堪能してしまった現代日本人に家族の再生は至難の業であろう。かといって今さら、戦前のような家族制度の元でまとまりを強制できるものでも、もちろんない。
加えて、新しい家族を初めから創設しない人々も増加している。国立社会保障・人口問題研究所によると、50歳時の未婚率(生涯未婚率)は、90年は男性5.57%、女性4.33%だったが、05年には男性15.96%、女性7.25%に上昇しているのだ。
地域社会においても、匿名で生きることの気楽さを簡単には個人は放棄できない。地域福祉論を学校で教えるソーシャルワーカーが実は、実際に住む地域では全く地域と関わりなく生活しているという話も、ご本人から伺った事がある。
個人レベルではもとより、地域経済の衰退からその財政が逼迫する地方行政に期待する形でも、従来の地域社会の再生は無理があるのかもしれない。
しかしながら、ここに新しい動きも見られる。新しい市民活動(NPO活動やボランティア活動などの非営利活動)の台頭である。こうした市民活動の要素には、信頼と互酬の規範が内在化している。そこには、直接的な見返りを求めない他者への奉仕の気持ちと併せて、将来、自分が困難に陥ったときに他者が助けてくれるかも知れないといった期待も含まれている。例えば、元気な高齢者が共働きの家庭の子どもに対して、夕食や勉強・遊びなどの相手をする代わりに、共働きの家庭はその代償を支払うという介護や子育てのコミニュニティ・ビジネスなどがこれにあたる。
そして、これら非営利組織を伝統的な地縁組織と融合させ、地域コミュニティの新たなニーズに応えるNPO法人等を設立し運営することで、従来の地縁組織とNPO法人等が連携・融合した新たなソーシャルキャピタル形成へと向かうことが期待される。私が10年来行ってきている成年後見に関する活動も、この体系の中に新しい位置付けがなされることが望ましい。
もちろんこの新しい体系においては、地域に暮らすすべての人を対象にした社会的包摂がなされなければならないのは言うまでもない。
(へるす出版 「現代社会と福祉」を一部引用させていただきました。)



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