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社会的要因に左右される自殺


わが国では1998(平成10)年、自殺者数が3万人を超えその後、現在に至るまでおおむね高止まりの状態を維持している。年齢別に見ると、40歳代、50歳代を中心とした中年層が大半を占めている。自殺の約8割が、鬱病に罹患しているという意見もある。
1. 中年の危機
① 一種の妄想
中年期は、青年期に選んだ自分自身の生き方、価値観、人生観、職業、配偶者、家庭、こうしたさまざまな対象との相互性のなかで身につけたアイデンティティを支えに、生きがいを見出して暮らしてきた人物が、はたしてこのまま年老いていってよいのだろうかと迷いを起こし、やがて、そうした迷いから、現実の外的な生活環境から目を内的な世界に向けて、こころのなかのさまざまな自分の可能性を問うようになる時期だという。この内的世界の方がもっとリアリティのある存在として体験され始めると、今まで青年期から築き上げ、積み重ねた外的なすべての自己とそれに関わるすべての存在が、現実感を失い遠い彼方の隔たったものに感じられてくるようになるらしい。(山田和夫氏 東洋英和女学院大学教授「精神保健学」)
私が20代の頃は、慶応大学教授で精神科医だった小此木啓吾氏が「モラトリアム人間の時代」(1978年)を著し、社会に出るのをいつまでもためらい、ポジションを決められずなかなか大人になれない若者の姿を描いていたが、時を経て30年も経つと、長いモラトリアムの末つかんだ現実をまた、迷いの対象としてあちらこちらと悩むことになるらしい。
私の世代もいつまでたっても悩みが尽きないようである。
② 喪の仕事
老年期において顕著になるいわゆる「喪の仕事(モーニング・ワーク)」にそろそろ取りかからなければならなくなる時期でもあるのが中年期である。
親やその他の親しい年長者の死に直面し、身体的にも無理が利かなくなって生活習慣病に悩むようになったりする。定年までの道筋が見えてきて、決して社長になることはない現実を知り、給与の上昇も止まる。男性も女性も、アンチエイジング対策に奔走するが、みなぎる活力もかつての肌の輝きも決して戻らない。手塩にかけて育てた最愛の息子は独立して母親は「空の巣症候群」におちいって張りを失い一日中、ため息で過ごすようになったりする。
前へ前へと走ってきた人生に、午後3時半ごろの黄昏の気配を感じ始めるのがちょうどこの時期である。
精神的な土壌に①の妄想がある人は、この黄昏感が増幅されて、転職、遁走、蒸発、離婚、そして時には自殺に走る場合もあることは十二分に考えられる。
③ 鬱病から自殺
黄昏に見る妄想に苛まれ、喪の仕事の延長線上にある自己の崩壊、つまり自分の死の気配も感じながら、鬱に陥る中高年が増えている。そして、鬱病の延長線上に自殺問題があるのだ。
日本の自殺者の特徴は完全失業率と強く相関している。警視庁の分析も40代、50代を中心とした中年層の経済的危機を1998(平成10)年以降の自殺者数の突然の増加原因の第一にあげている。たとえ上記①②で見てきたような心性が底に潜むとしても、自殺は社会的要因に大きく左右され、その点からも予防可能な問題であるのだ。
2. 自殺予防施策
国としては、自殺者の急増に対処するため、2006(平成18)年6月に自殺対策基本法を成立させ、同年10月の施行に併せ国立精神・神経センター精神保健研究所内に自殺予防総合対策センターを設置した。また、2007(平成19)年6月に内閣府は自殺総合対策大綱を発表し「自殺は追い込まれた末の死」であるという基本認識の上に立って「自殺は防ぐことができる」としたほか、「遺された人の苦痛を和らげる」必要性を示した。さらに同年、向こう3カ年の継続事業である「地域自殺対策推進事業」が興され、都道府県、市町村においても、地域住民のこころの健康の推進に向けた多部局横断的かつ公民協働での取組みが開始された。
3. 個人的対応
自殺は社会的な要因に左右される。実際、私は、司法書士として多重債務問題に約10年関わってきているが、自殺をほのめかす依頼者とも多く接してきた。日本経済が、後退し歴代の政権が弱者を切り捨ててきた結果である。
今にも消え入りそうな相談者には、とにかくじっくり腰を据えて、どんな福祉関係のテキストにも載っている基本であるが「傾聴」で対処している。借り入れた原因にたとえギャンブルや酒といった好ましからざるものが含まれていようと、無批判に聞き入れる。そして、やはり大切なのは「共感」であろう。それは、もちろん相手の行った行為をすべて是として認めるわけではなく、相手の立場に立った場合のつらい状況を理解することだと考えている。
こうして依頼者のつらい気持ちを理解したうえで、法律的に解決してゆく。債務がきちんと片付いた時、間違いなく死神の姿は遠くなり、お元気に社会生活にもどられている。まさしく、自殺は社会的な要因によるところも大きいと体験として、私は、理解している。



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